初音さんのためにみっくみく中。
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アキバ解放デモコミケ襲撃事件における、似非モヒカン族の没落
さて、前エントリ(ひたすら無題 Ver2.0 コミケ襲撃事件における温度差で忘れられた事件)を呼んでもらえばわかることなのだが、実際のところアキバ解放デモに興味も何もなかった身の上からするともうこの件について書くことも何もない。
実際のところ、主要な登場人物のほとんどを誰が誰だかも把握できないのに何かを発言するというのも不可能であり、火事場ももはや鎮火秒読み段階。

故に、私としては後は焼け跡を眺めつつ感想を漏らすくらいしかないのだが、この事件に言及している発言を読むに、どうにも気になって仕方がないことがある。



なぜそうも自信を持って相手を疑えるのだろうかと。


安穏と外から見ていたという私の立場もあるのだろうが、JSF氏の"誇張した発言(に見えるもの)"に疑問を持つというのはまあわからんでもない。
事件に(JSF氏の説明に)疑いを向けるというのはわからないでもない。



深川署はコミケ会場で神聖マルチ王国の護衛として、私服警官を警戒用に配置しています。現場で進壱さんと接触し、現状の報告などをやり取りしています。襲撃計画が無かったというなら、警察が当日に介入してくる筈がありません。深川署はこれを犯罪相談事案として扱い、実際に動いています。コミケ準備会のスタッフも神聖マルチ王国のブースを頻繁に訪れ、声を掛けています。1日目は東456が厳戒態勢に置かれました。



コミケ襲撃計画に対する警察の介入事実 : 週刊オブイェクト


そして、立証責任だか、悪魔の証明だか。疑いを向けた(たとえば事件はあったんだ。警備はあったんだ。)内容を証明するのは、「ある」と言っているJSF氏側に求めるのはまあ当然のことだろうと思う。

それは後に判明した、new氏の件(J& blog http://new.ciao.jp/: 1日目は館内スタッフとして動いていた私なのですが……。)も物語っている。
全体を把握できない(それは仕方ないことなのだが)以上、知らないことはどうしても出てくるわけで、認知できる範囲外でことが起きてしまえばどうにも「なかった」証明はできなくなる。

故に、「私の知覚する範囲内ではそんな事件はなかった」といわれれば、「あなたの近く範囲外でありました」と言うことが出来るのは、JSF氏をはじめとした事件があるといっている側が行うことが望ましいだろう。



東456が厳戒態勢に置かれたというのなら、当然現場のスタッフにも通知されるはずだけど…。

ところがnewさんの記事に対して、JSFさんからはまったく反応はない。

想像力はベッドルームと路上から - 『アキバデモ実行委員会コミケ襲撃未遂事件(仮)』に関して[↑B]

この記事のコメント欄でも、inumashさんがJSFさんに対してこの記事をどう思いますか?って書いているのに、JSFさんは完全無視。


ARTIFACT@ハテナ系 - アキハバラ解放デモ実行委員会コミケ襲撃未遂事件についての疑問。JSFさんはコミケスタッフをやっているnewさんの記事に何でコメントしないんだろう



だから、こうしてJSF氏がそれを証明しないということに疑いを持つのもまたわからんでもない。


ここは突っ込みどころだと。そう思うのはわからんでもない。


でもどうしてもわからないことが一つある。
「証明しないのか、証明できないのかははっきりしていない」ということをなぜ彼ら(この"彼ら"はJSF氏に疑いをかけた人物ではなく、JSF氏の言が偽りであると断定した人物であることに注意)は考慮しないのだろうか。


ネットバトルに限らずバトルに置いて相手の弱みをつくぞという目的はわかる。
とてもわかる。

わかるのだが、それが弱みかどうかを証明できていないのになぜそうも強気で突きにいけるのか。そこがわからない。


いや、繰り返すが、私服警官がどうのこうのというようなことをどちらが立証するのかといえばその立証責任はJSF氏にある。そこに疑問をさしはさむ気はない。

だが。

だが、それは義務ではない。「やない」のではなく「やない」「やってない」だけなのかもしれない。確かに事件についての立証責任はJSF氏にあるのだろうが、「立証されていないことを突く」という「行為の責任」は当然のごとく疑った――いや、正確には「突いた側」にかかってくる。
そもそも立証責任は傍聴者に向けて果たすものではないし、裁判と違って判決などという〆はないのだから、何時だそうが出さなかろうが構わないのである。
敵の弱みを狙いに言ったつもりで、実は準備万全の敵地に深く引き込まれている最中ではないとどうして「敵」が教えてくれようか。こればっかりは自分の判断で、自己責任でやるしかない。





ソースを出せ、と要求するということは、逆説的にこちらにはそれ(否定)を証明する能力がないと認めることでもある。


相手の証明がないことを理由に突っ込みを入れる場合、きわめて困難な『ないことを証明する』ことがどれほど必要になるのかを覚えておいたほうがいい。
それが困難である以上、一歩引いて信用できないというスタンスを貫くのが安全限界だろう。


その限界を乗り越えて、相手に一歩向かっていって嘘つき呼ばわりするのは危険極まりない。巧くいけばよかったのだが、「自分に立証責任がないから」と安穏と防御も考えず突きに行ってこの様(繰り返すようだが、疑っているだけの段階の人は除く。ついでに言うとこれでJSF氏の勝ちだといってるわけではない。そんな判断が出来るほど詳しくないし)だ。

梯子を外された人達(Artane.氏、kanose氏、カモメのジョナさん、人類皆兄弟) : 週刊オブイェクト


誤りの疑いは、「疑い」であって「誤り」ではないのだ。
モヒカン族とは、敵機撃滅至上主義者ではなく、問題を徹底して突き詰めることを至上とするもの合理主義者のことではなかったか。ソースがないのを問題視するのは当然としても、ソースがないということだけを論拠にして出した"妥協した結論"なんてクソくらえだ。





校正
間違いを訂正してくれる人を我々は尊敬して評価します。よけいな裏読みをして「人格攻撃している」とは思いません。



他人の間違いは他意なく指摘し、自分の間違いは素直に認める


モヒカン族とは - はてなダイアリー










こういうときにクダを巻いている自分自身にも戒めておかねばならないことだけど。
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