- 勅使河原
――彼の名は望月和夫。「輝かしき大神祭」という記者系ブログを所有しています。情報部の報告書によればつい先日現在自衛隊のイラク派遣について不用意なエントリをアップしたことをきっかけにサイト炎上した模様です。
- 隊長
ふむ……盛況だな。見てみたまえ勅使河原君。あのアクセスカウンターを。
- 勅使河原
結構まわっていますね。普段の30倍の速度ですが……大丈夫ですかね?批判的なコメントも多いですし、「輝かしき大神祭」は陥落寸前なのでは?
- 隊長
いや、そうでもないようだぞ?なにやらにこやかに望月君が出てきた。
望月でーす。
こんなにいっぱいコメントをいただいて大変嬉しいのですが、私は毎日仕事に忙しくレスも出来ずにごめんなさいね。どこかの給料泥棒と違って平日にアクセスとか出来ないんです。
読者の皆さんは毎日暇そうで羨ましいです。
この調子で1日1万アクセスを目指してがんばりますので、望月ファンの皆さん。応援よろしく。
- 隊長
……。
- 勅使河原
ああああ?!隊長!なんだか急激に火勢が更に強く?!大変ですもうなんていうか黒焦げにーっ?
- 隊長
……撤収!
不用意な行動で窮地に立たされたときは、単に謝るなり訂正するなりすればいいだけのこと。しかし、謝罪や訂正は負けを認めたことになると考えているのか、それをしない人間が多い。
確かに、例え勝敗まで考えなくても、『自分が嫌いな人間』に謝るのは生理的に嫌なものなのだが、そのうちに「苦しい立場にいると思われたら負け」「余裕でいるところを見せれば負けではない」と考え始める。
その結果、「余裕ぶり」をみせつけるべく「この窮地はちっとも窮地ではない。それどころか望んでさえいるのだ」という本心と全く逆の主張を始め、更なる炎上を招くことになる。
ギャラリーにしてみれば、「望んでいるならむしろ加速させてあげよう」としかならない上に、自分で望んだことなので後から文句もつけにくい。
ギャラリーに気を使って縮こまれとは言わないが、精神安定を図るために強がりで余裕ぶるのは逆効果でしかない。
これより一段マシなレベルに「たいしたことではない」とアピールして精神安定を図るパターンがある。ほとんど違いは無いのだが「望んでいる」「喜んでいる」わけではなく文句を言う余地を残しているところだけが違う。
しかしそれでも、「たいしたことないのに何で今まで嫌がっていたのか?」とか「たいしたことない筈なのに普段のペースと違いますね」とか突っ込まれて頭を悩ませることになるのは変わらない。
本当にどうでもいいことなら、いちいち言及しようと言う意識すら芽生えないはずなのだから。
そんなことより大河内君と柏崎さんはお元気なのでしょうか?
レベル7が繰り返された。そりゃまあそうかもしれない。残るレベルは8と9と10。本人が関わるのは8と9しかない。そして9に達してはいけないのだ。あのブログは個人ブログではなく、Hotwiredのコンテンツとして運営されているのだから。
とある
でも8と9に達しちゃってるんだけどおぐりん
かといって、陰々滅々と「望んでいない凹んでますよ」といったところで、「ならば謝罪しろ訂正しろ」と加速し、放置すれば「逃げるな」と加速。コメント閉じればTBの雨あられ。
結局の所、
>確かに、例え勝敗まで考えなくても、『自分が嫌いな人間』に謝るのは生理的に嫌なものなのだが、そのうちに「苦しい立場にいると思われたら負け」「余裕でいるところを見せれば負けではない」と考え始める。
この感情を抑え込んで、いきなり罵詈雑言込みのツッコミが入ろうと、
カチンと来る皮肉込みのツッコミが入ろうと下手に出るか、謝罪なり訂正なり出さない限り炎上する気がしますがどうです?
>カチンと来る皮肉込みのツッコミが入ろうと下手に出るか、謝罪なり訂正なり出さない限り炎上する気がしますがどうです?
ごめんなさい。ちょっと疑問の意味がよく分からない。
・致命的な失策をして窮地に立たされているのに、
・負けを認めるような行動をしたくないと思ってしまい(その感情を抑え込めないで)、
・下手な強がりを言って悪化する
という話なので、「どうです?」と言われれば「そうです」という文です。
でいいのかな。
前提条件として
・致命的な失策をして窮地に立たされているのに、
が有りましたね。
些細なミスで初コメントが「嘘言ってじゃねぇぞゴルァ!」
という状況を考えておりました。
コメント全面撤回致します。ご容赦を。
見事な消火の例。
誤読の発生はしょうがない。
歩み寄れば訂正できるはずなので、違和感を感じたときに初手は確認の問い合わせ、というのは普通の流れかと。
>消火
余裕は不燃物なのですよきっと。
ちなみに、イヤミと皮肉は可燃物です(笑)
